
海外取材を終えて帰国すると日本という国の心地よさを感じます。
夜の街を一人歩きしても危険を感じません。街の自販機で買い物もできます。
飲み屋で政府の軽口を叩いても逮捕されません。
ところが、世界に目を向けるとこうした国は例外です。
むしろ国の意向にそぐわない者(疑わしき者)は、全て暴力をもって排除されます。
その日本でも自由が保証されるようなったのはつい最近のこと。
自由を奪う法律が日本に実在していたのです。
その法律の名は「治安維持法」。
1925年に成立した治安維持法は、革命を目指す共産主義者を取り締まるという当初の目的を超えて暴走し、終戦後に廃止されるまで多くの命を奪いました。
アンブレイカブルとは「敗れざる者たち」。個人と体制との軋轢を描いた歴史ミステリー小説です。
「海外では今まさに同じ事態が進行している国がある。日本でも共謀罪法(2017年に施行された改正組織犯罪処罰法)が厳格に運用されれば、再びこうした社会が訪れるかもしれない。物語として、未来の出来事も記憶できるのが小説なんです」
この小説の著者は諜報機関の暗躍を描いた「ジョーカーゲーム」や、時の権力者のでっちあげに巻き込まれた個人の悲劇を描いた「太平洋食堂」で注目を集めた柳 広司さん。
文学者、編集者、哲学者といった身に寸鉄帯びぬ人々の活動を、国家が総力をあげて取り締まり、時に殺さなければいけなくなるほどに恐れたのはなぜなのか。
治安維持法は本当に過去の遺物なのか?問題意識をミスタリーに込めました。
四編すべてで登場する人物は、内務省の官僚クロサキ。彼と「被疑者」との間の心理戦が、一編ごとに全く異なるかたちで描かれていきます。
「何か大きな社会的出来事が起こると、ともかくみんなで固まろうという集団心理が働く。その結果、個人の自由を捨ててでも、安心のために全体主義、国家主義に身を委ねようとなっていく。そうした目の前の現実がある中で、小説家はどんな物語を紡ぐべきか」
柳さんは「作家は時代の空気を吸って物語を作る」と言います。
「ネット社会が進んでいったことで、現代はものすごい量の情報にさらされている。一方で、有限な人間が認識できる情報は有限です。無限に近い情報の中から本当に伝えるべきものを物語のかたちで、「面白い」エンターテインメントとして切り出すということは、日に日に重要度が増していると思っています」
本書を読んで感じるのは描かれた人々の考え方や行動に既視感を感じること。小説に書かれていたことが、私たちの社会で起きないと断言できないところに、ミステリーが描こうとした本当の怖さを感じます。