この世界は、安全か  ——2026年3月の新刊4冊が描く、現代社会の不安

フルタニ

こんにちは、フルタニです。放送局で番組作りをしてました。 この世界は、安全か を書きます。※本ページにはPRが含まれます

最近、特殊詐欺の話を書きました。悪に関わる人間にも論理がある——そう書いた翌月、書店の棚はまた違う顔を見せてきました。

今月の3月新刊を眺めていて、ふと気づいたことがあります。

「探偵が信じられない。家族が信じられない。村が怖い。言葉すら武器になる」——そういう本が、これだけ集まった月はなかったと思います。

3月の新刊ミステリー&ホラーは35冊。その中から今月を象徴する4冊を選びました。テーマは「この世界は、安全か」です。

この世界は、安全か

『盾と矛』方丈貴恵(KADOKAWA)

帯コメントを書いたのが、青崎有吾さんと麻耶雄嵩さんです。

この二人の名前が同じ帯に並ぶのを見たとき、「これは本格ミステリ読者への強いメッセージだ」と思いました。青崎さんは現代本格の旗手。麻耶さんは本格の「異端」とも呼ばれる存在。正統から攻めても、変化球として読んでも面白い——そういう保証です。

物語の構造はシンプルに言えばこうです。「絶対に逃さない探偵・草津正守」と「必ず無罪にする仕事人・ヒミコ」が、同じ事件の上で正面衝突する。

雪山の別荘で殺人事件が起きます。草津はすぐに犯人を見抜く。ところが——証拠が「消失」します。ヒミコが動いたのだと気づいた草津は、助手の霧島を連れて現地へ向かい、上書き推理合戦に挑みます。

著者の方丈さん自身がこう言っています。「事件は犯人が分かってからが本番だよね」。

普通のミステリーは「誰が犯人か」を解くことがゴールです。この作品は、そこがスタートラインです。

読者は「草津が見つけた答えをヒミコがどう消すか」「ヒミコの隠蔽を草津がどう暴くか」という二重の推理を同時に追いかけることになります。どちらの陣営を応援していいかも、最初はわかりません。探偵側には正義の論理があり、仕事人側には依頼人を守る論理がある。

「矛盾」という言葉の出どころになった故事があります。どんなものも貫く矛と、どんなものも防ぐ盾は、同時には存在できない。タイトルがそのまま構造の宣言になっています。

論理の快楽を久しぶりに味わいたい人に、真っ先に手渡したい一冊です。


『ふつうの家族』辻堂ゆめ(講談社)

「ふつう」という言葉を使うミステリーで、本当にふつうだったことは一度もない。辻堂ゆめさんのタイトルは、いつもそういう罠を仕掛けてきます。

担当編集者が「本気の本気の勝負作」という言葉を使っていました。その一言で、手に取らずにいられなくなりました。

舞台は湘南に一戸建てを構える桜石家。有名鉄道会社勤めの父、専業主婦の母、体育大学に通う長男、絵に描いたような長女——一見「ザ・ふつうの家族」の構成です。

そこへ、台風の夜、停電した家に一人の若い男が高熱で倒れ込んできます。「家族の誰かが招き入れた」——でも、それが誰なのか、なんのためにそんなことをしたのか、家族が互いに疑念を募らせていきます。

外から侵入してきた男ではなく、内側の誰かの行動が謎になる。この構造が巧みです。

この作品のテーマについて、担当編集者はこう書いています。「役割分担が当たり前だった時代を生きてきた親世代」と「自由に生きていいと言われて育った子世代」——その世代間で抱えてきた悩みや葛藤が、家族にも言えない秘密として胸の内に仕舞われている。それが台風の夜に一気に明らかになる、と。

昭和の親父も、共働きを果たせなかった妻も、ふらふらしている息子も、交友関係に悩む娘も——どれも、私たちの分身のように見えてくる。そう書いてありました。他人事として読めない小説です。

「家族のカタチ」という問いの令和の決定版。「暗闇の中、照らし出される」という帯のコピーが、台風の夜の停電と秘密が暴かれていく構造を一枚の言葉に凝縮しています。


『鬼門の村』櫛木理宇(東京創元社)

「デビューして16年目にして初の、ラブコメでない正統派ホラー長編です」——著者の櫛木理宇さん本人が、こう言っています。

日本ホラー小説大賞の読者賞出身の作家が、16年かけてたどり着いた「本来やるべきだったもの」。逆に言えば、相当の覚悟で書かれた一冊です。

主人公は大学生の友部。社会民俗学の嘉形教授の依頼で、夏休みのあいだ山奥の村に滞在し、ラジオ番組に投稿された実話怪談のはがきを整理するバイトをすることになります。

「怪談を読む仕事をしながら、自分がその怪談の中に入っていく」——この二重構造が、物語の最初から仕込まれています。

しかもその村には80年前の一家惨殺事件があって、その家に泊まることになる。さらに「水道水とその土地の野菜を口にしないこと」という禁忌まである。

食べることへの禁忌は、日本の怪談の非常に古い類型です。「その土地のものを食べると、その土地に縛られる」という感覚には、民俗学的な根っこがあります。社会民俗学の教授が依頼者という設定と、構造的に整合しています。

何度戻しても戻ってくる石、神社を守る子どもの儀式、どこまでも追いかけてくる白い影——著者は「ひたひたと怖い」という言葉を使っています。グロではなく、「気づいたら囲まれている」タイプの恐怖です。

「ひたひた」という怖さは、技術的に一番難しい。スプラッタは視覚的に処理できますが、「ひたひた」は読者の想像力を使う怖さで、文章の精度が直接出ます。16年分の蓄積を正統派ホラーに注ぎ込んだ——そう思って読むと、この一冊の重さが変わります。


『デッドマンズ・チェア』阿津川辰海(KADOKAWA)

「泣ける。怒濤のドンデン返し。最高峰の謎解き×警察ミステリ」——そう書いてあります。著者の阿津川さん自身は「泣ける。のか?果たして」と自分でツッコんでいましたが(笑)。

前作『バーニング・ダンサー』に続くコトダマシリーズの第2弾です。著者自身が「完全に第二弾なので前作を予習しておいてほしい」と言っています。一作目から読むと倍楽しめます。

「言葉が能力になる世界」を舞台にした警察ミステリーです。主人公の小鳥遊沙雪は「伝える」の能力を持ち、これまで捜査に貢献してきた。今作では、彼女が横浜で人質としてつかまるところから始まります。犯人は駆け落ちしてきたという中国人の少年と少女。

「伝える」能力を持つ人間が、自分の状況を外に伝えられない状態に置かれる——能力と状況が逆説的に組み合わさっています。

今作では新キャラクターの永嶺スバルが軸になっていて、上司・三笠葵への不信を抱えながら、捜査未経験者が半数というチームで形勢逆転を狙います。強いチームが勝っても驚けない。半数が未経験者のチームが知恵で勝つなら、読者は一緒に興奮できます。

「どんでん返しと構図の反転が多発する」と公式が言い切っている作品に、さらに「泣ける」を乗せてくる。本格ミステリとしての快楽と、感情的な着地を両立しようという意志が見えます。

本格ミステリの次の形を見たい人に。そして前作未読の方はぜひ『バーニング・ダンサー』から。


日常の足元が揺れている月だった

4冊を並べてみると——「論理の攻防」「家族の嘘」「閉ざされた村の怪異」「言葉という武器」。全部、何かが信じられない話でした。

3月は「信頼の崩壊」がテーマの月だったかもしれません。ルールが信じられない、家族が信じられない、土地が信じられない、言葉が信じられない。

読者がミステリーを手に取る動機のひとつは「この世界には答えがある」という安心感だと思っています。謎が解けることへの信頼。でも今月の本たちは、その「答えが出る」という安心感を揺さぶりながら、それでも最後まで読ませます。

棚を作るたびに思います。本を選ぶことは、時代を読むことだ、と。

この4冊をさらに深掘りしたトーク動画を、YouTubeチャンネル「本の棚の向こう側」で公開しています。書店員2人が「棚のどこに置くか」という視点でおしゃべりしています。よければあわせてどうぞ。