2024年、特殊詐欺の被害額が過去最悪を更新しました。認知件数は2万件を超えたそうです。
その数字をニュースで見たとき、私はふと立ち止まりました。 被害の規模でも、手口の巧妙さでもなく——「その仕事をしている人たちは、いったいどんな論理で動いているんだろう」と。
本は時代の鏡だ、とよく言われます。でも私は、本は時代の「声」だと思っています。今、書き手たちが何を書かずにいられないか。それが書店の棚に並ぶ本の顔つきに、はっきりと出ます。
悪に関わる人間にも、論理がある
今月——2026年3月の棚を眺めていて、ひとつの傾向に気がつきました。 裏社会を生業にする人間たちを、善悪で断じるのではなく、その「論理」から描こうとする本が、これほどまでに揃った月はなかったと思います。
今回は、その中から特に印象に残った4冊をご紹介します。
『手配する女』山口恵以子(新潮社)

山口恵以子さんといえば、『食堂のおばちゃん』シリーズの温かな筆致が思い浮かびます。だからこそ、この本を手に取ったとき、少し驚きました。
主人公の三矢唯は、地面師詐欺の「手配師」です。
地面師というのは、土地の所有者になりすまして不動産を売り、代金を騙し取る詐欺師のこと。2024年にNetflixでドラマ化され、一躍その名が知れ渡りました。積水ハウスが実際に55億円以上を詐取された事件がモデルになっています。
三矢はその「黒幕」でも「実行犯」でもありません。なりすまし役を調達し、偽造書類を手配し、詐欺の舞台を整える——いわば「段取りのプロ」です。直接手は汚さない。しかし、彼女がいなければ犯罪は成立しません。
帯にはこうあります。 「たとえパクられても手元に一億残るなら、充分引き合う仕事だと思わないか?」
三矢はこの仕事を、「人助け」だと思っています。窮地にある人に大金をもたらす——そういう論理で生きています。
そこが、この小説の一番怖いところだと思います。 「助けてあげる」という言葉で人を引き込む構造は、今の闇バイト問題と完全に重なります。SNSで「高収入・即日払い」と書けば、追い詰められた人が集まってきます。詐欺師は「騙している」とは言いません。「一緒に稼ごう」と言います。
そして物語の核にあるのは、百億円規模の「最後の案件」。そのキャストとしてリクルートされるのが、身体に複数の欠損を持つ高齢女性です。社会が一番守るべき存在が、最後に利用される——そのやるせなさが、読後もずっと残ります。
この本は、その境界線そのものを問うています。
『キックス』天沢時生(集英社)

天沢時生さんは、短編集『すべての原付の光』が「SFが読みたい!2026年版」の国内部門で新人最高位に輝いた、今最も注目される作家のひとりです。その天沢さんの、初の長編がこれです。
「キックス」とは、スニーカーのスラング。主人公・佐治は、違法スニーカービジネスの世界に足を踏み入れた男です。
この小説の面白さは、その世界の描き方にあります。魍魎戦鬼〈マダラ〉という名の組織が出てきたり、忍者の里・甲賀が絡んできたりする一方で、YouTuberや動画配信者が悪のエコシステムの末端を担っています。荒唐無稽なようで、妙にリアルです。
スニーカーの鑑定士、中古車ディーラー、動画配信者——普通に「今いる職業」の人たちが、気づいたら違法経済の歯車になっています。その感覚が、この小説の底に流れています。
まっとうな仕事だけでは生きていけない。あるいは、まっとうな仕事と違法な仕事の境界線がいつの間にか曖昧になっていく——格差社会のリアルが、エンタメの皮を被せて差し出されています。
連載当時から読んでいた読者の感想が「やばい、超おもしろい」だったというのも頷けます。
「キックス」というタイトルには、「蹴る」という意味もあります。この社会の何かを、足で蹴り飛ばすような一冊です。
『ノーウェア・ボーイズ』井上先斗(KADOKAWA)

松本清張賞を受賞したデビュー作『イッツ・ダ・ボム』で一躍注目を集めた井上先斗さんの、第3長編です。KADOKAWAは「愚かでクールな青春ミステリ」と銘打っています。
物語はこんな一文で始まります。「十年前のあの日、僕らの青春は壊れた」——。
新宿に集まった3人の青年。口にし難い過去を抱えた彼らのもとに、かつての仲間が衝撃的な事件を起こしたという報せが届きます。序章は暗く幕を閉じます。しかし次の章、町田を舞台にした過去編で一転、光が差します。暗い入り口の先に、青春の輝きがあります。
この4冊の中で、主人公たちは直接的な犯罪者ではありません。でも、悪に隣接した場所で青春を過ごした若者たちの物語です。
格差社会の話で言えば、「居場所のなさ」が一番残酷だと私は思っています。物も食べられない、教育も受けられないという絶対的な貧困とは別に、「どこにも属せない」という感覚が人を追い詰めます。ノーウェア・ボーイズ——「どこにもいない少年たち」という題名は、まさにそこを突いています。
著者の井上さんはこの作品について、これまでの作品と地続きにあると語りながら、「その先へ抜けられた」と感じていると言います。その言葉が、この本の深さを示している気がしました。
『この子のために死んでくれ。』魚崎依知子(KADOKAWA)

発売前に増刷が決まった、という話を聞いたとき、「これは本物だ」と思いました。カクヨム発の作品を大幅に加筆・改稿して書籍化したこの本は、著者の魚崎さん自身が「クセ強めのエンタメホラー」と呼んでいます。
舞台は、人口約50人の西日本のとある限界集落。主人公は、女癖の悪い不動産営業マン・皐介。そこへ、実の娘だという幼女が突然現れ、同時に皐介の親しい人たちが次々と不審死を遂げていきます。
キャッチコピーがすべてを語っています。「化け物だろうと、俺の娘だ」。
悪人が、守ろうとする。
これが、今月の4冊を貫くテーマ「それでも生き続ける人間の論理」の、一番純粋な形だと思います。手配師も、スニーカーの密売人も、居場所のない青年たちも——それぞれの論理で、それぞれの命綱を握って生きています。皐介も悪人です。でも娘のためなら死ねると言います。
人間はどんな立場にいても、何かのために生きています。それを「正しい」とも「間違っている」とも断じない。ただ描く——それが文学の仕事だと、改めて思わされます。
限界集落という舞台も見逃せません。過疎、貧困、孤立——格差社会が生み出した「忘れられた場所」で起きる事件。社会がそこへ届かなかった結果、何が生まれるのか。ホラーという形で突きつけてきます。
タイトルの句点まで含めて、タイトルです。「この子のために死んでくれ。」——その句点の重さが、すべてを語っています。
棚に並ぶ本は、時代の声だ
4冊を並べてみると、ひとつのことが見えてきます。
悪に関わる人間も、ちゃんと論理を持っています。その論理を想像しようとすることが、文学を読む意味のひとつだと思います——今月の本たちは、そのことを静かに、しかし確かに伝えています。
格差が広がり、社会への不安が高まる時代に、こうした本が次々と生まれているのは偶然ではないと思います。書き手たちは今の社会の「軋み」を敏感に感じ取って、物語という形で差し出しています。
棚を作るたびに思います。本を選ぶことは、時代を読むことだ、と。
この4冊をさらに深掘りしたトーク動画を、YouTubeチャンネル「本の棚の向こう側」で公開しています。書店員2人が「棚のどこに置くか」という視点でおしゃべりしています。よければあわせてどうぞ。



こんにちは、フルタニです。放送局で番組作りをしてました。 悪に関わる人間にも、論理がある を書きます。※本ページにはPRが含まれます