不安に向き合っていきていく「WE ARE LONELY BUT ALONE」

フルタニ
こんにちは、フルタニです。放送局で番組作りをしてました。

皆さんは生きていくことに不安を感じたことってありませんか。

会社勤めをしていれば一生安泰だったのは昔の話。組織を離れると、生きていくことに言い知れぬ不安を感じることがあります。

ではどうしたら自由と安心を同時に得ることができるのでしょうか。

WE ARE LONELY BUT ALONE

「強い人などどこにも居やしない。強いふりの出来る人がいるだけさ」
佐渡島庸平 さんは、著書「WE_ARE_LONELY_BUT_ALONE」の中で社会と自分との関係をこう語ります。

奴隷の幸福という言葉があるように、僕たちは型にハマり、役割を半ば強制的に与えられる方が楽で、居心地がいい。型にハマることを教えられてきた僕たちは、その型から解き放たれ、心の拠り所がなくなり、不安を感じている。

情報が溢れすぎて何を信じて良いか分からない現代社会。著者は安心安全なコミュニティーを作ることで、私たちが抱える不安を解決していくことを提案しています。

新しい物を始めるときに考えるのは基本だ。基本は時代が変わっても変わらない。表面的な演出などが変わるだけだ。

「安心と自由」人間はこの二つを欲しがります。世の中の価値観の変化や、そもそもなぜコミュニティが必要なのか、またそれを作るにあたっての重要な要素とは何か。編集者の佐渡島庸平さんはnoteを通じて書きためてきました。

そもそも論として、その問題は解決する必要があるのだっけ?という問いを突きつけられると、動けなくなる。今の時代、そもそも論が社会全体に突きつけられている。そして、日本の教育を受けたほとんどの人が、その問いを前に動けなくなっている。

孤独とは、周囲に人がいるかどうかではない、心のつながりの問題だ。
テクノロジーの進化によって社会の在り方、コミュニティの在り方が変わる中で私たちはどのように自分自身と向き合ったらいいのか。

佐渡島さんは様々な視点から散発的に浮かび上がってきた着想や意見、仮説をSNSのように短い言葉で語ります。

整理されていない情報に触れると、人は自分で情報を選択するという責任を背負う。その自由すぎる故の責任の重さは、多くの人を不安にし、不幸にする。
整理されていない情報に触れると、人は自分で情報を選択するという責任を背負う。その自由すぎる故の責任の重さは、多くの人を不安にし、不幸にする。

この本の章立ては「現代の孤独とコミュニティ」「持続可能な経済圏としてのコミュニティ」「安心安全とは何か」「コミュニティを編集する」。
読み進むにつれ、言葉に置き換えられた孤独の正体がジグソーパズルのように心の中に姿を現してきます。

生き方に迷った時不安を感じるのはその不安が漠然としているから。取り除いてくれるのは、その不安を活字に置き換え見える化してくれる人に出会うことです。こういう凌ぎかたももあるのだと気づくと気持ちが楽になります。

まとめ

医療関係者が多くの患者に対するとき考えるのが「安心と安全の確保」なのだと言います。患者さんが自分の状態を語ってくれないとより治療が難しくなるのだと言います。どこが悪いとか、痛いとかを気楽に言ってもらえる方が治療がしやすいのです。しかし、患者の側からは「医者は忙しいから、自分なんかが言うと迷惑になる」と考えてしまいます。そんな気持ちを捨ててもらうために患者の安心と安全の確保を一番初めにするのだと言うのです。

安全が確保されて初めてやっと安心も確保できる。
安心の定義は不安とは何かを考えると理解しやすくなります。