自分らしく生きるために「だからもう眠らせてほしい」

だから、もう眠らせてほしい
フルタニ
こんにちは、フルタニです。放送局で番組作りをしてました。

放送局で番組を作っていると、解決策のないテーマの仕事を手がけることがたまにあります。その中でも最大のテーマが「生きること」です。

映像の作り手は当事者ではありません。だからと言って無責任に映像を垂れ流すわけにはいきません。どのような姿勢で臨んだらいいか。迷った時に手に取りたい一冊の本があります。

だからもう眠らせてほしい

‪緩和ケアを専門に行う医師の前に現れた二人の患者。安楽死を願う患者と過ごし、そして別れたある夏に何が起こったか―。オランダ、ベルギーを筆頭に世界中で議論が巻き上がっている「安楽死制度」。その実態とは。緩和ケア医が全身で患者と向き合い、懸命に言葉を交し合った「生命」の記録。‬

西智弘(@tomohironishi) • Instagram写真と動画

だから、もう眠らせてほしい|西智弘(Tomohiro Nishi)|note

タイトルにある「もう眠らせてほしい」とは、堪え難い苦痛を抱えた患者が選択できる最終手段のことを意味します。苦痛を感じることができないように自分の状態をコントロールすること。つまり意識のスイッチを自分で切ってしまう手段です。一旦切った意識は回復することなく、患者さんはいずれ生命を終えるのです。

こうした生命の最前線で何が起きているか、日常生活を送る私たちはなかなか実感できません。私たちが思い描く死とは、所詮他人事にすぎず、死に直面した他者の気持ちと向き合うことは絶望的に困難なことなのです。

では、「諦めていいか」と言う疑問から、著者の旅が始まります。医師として患者と向き合い、制度を考え、最前線で患者を支える様々な人に会い、最適解にたどり着こうとする姿勢が、強いメッセージつなって伝わってきます。

放送番組で解決策のないテーマに向き合った時、制作者がとれる行動は「電信柱のようになること」しかありません。路傍に立つ電信柱のようにじっと立ち尽くし、そこで何が起きているかを記録することです。

当事者たちが伝えようとした言葉を次に続く人にリレーしていくこと。それが果たすべき役割であることに気付かされます。

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自分の死に方について考えたことがなかったことに気づかせてくれた本。安楽死って他人事だと思っていた。日本でも認めてくれればいいのに、と思いながらそれは私のためではなく、病気で苦しんでいる(と私が勝手に決め付けている)誰かのためのものだと思っていた。アホだなぁ。死に方って、生き方って、他人事じゃない。自分のこと。私が明日病気になって、余命幾ばくもないと宣告され、病人にて治療を受けることになったとしよう。私はきっと排泄処理を他人のお世話になり誰が誰かも分からなくなり、ただ苦しい痛い想いに耐える、繰り返す日々には耐えられない。そうなる前に私は、私の思う人間としての尊厳を保ったまま死にたい。安楽死が認められていないなら私も鎮静を望みたい。そう思った。 今卒業論文を書くとしたら、研究をするとしたら、きっとテーマは安楽死。 幡野さん、西さん、宮下さんの本を読み込んで、データを集めて、関係各所にインタビューに行って、あぁもう、気づくのが遅かった。社会に出る前に男女平等の現実について知ったことも、初めてひとつひとつエビデンスを確かに情報を集めて研究したことも、とてもプラスではあったけれども。ハタチそこそこの学生というアドバンテージを最大限に活かして、その時だからこそできたことはもっとあったんじゃないかなんて思う。自分が甘えに甘えて、何も考えずに生きてきたせいなのは間違いない。つくづく思う。私って本当に、なーんにも考えてなかったんだなぁ。 でも今は違うから、私はもう気づいたから。世界を広げて、アンテナを広げて、幅広く知識がほしい。なんでも知りたい。学びたい。 #だからもう眠らせてほしい #西智弘

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西智弘 川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター、腫瘍内科/緩和ケア内科医長。一般社団法人プラスケア代表理事。2005年北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。