
荻窪にある本屋Titleで偶然見つけたコミックス「夕凪の街 桜の国」に衝撃を受けたその年、片渕須直監督の「この世界の片隅に」が上映されるという話を聞きました。映画は「夕凪の街 桜の国」を描いたこうの文代さんの普及の名作を片淵監督が6年がかりで作り上げた労作です。
これは見ないと一生の不覚になるぞと予感していたら、その原画展が西荻窪の喫茶店で開かれるという話です。矢も楯もたまらず店を訪れ、展示された原画のパワーに圧倒されました。
「すごいアニメ映画ができましたね」と厨房にいた女性店員さんに語り掛けるとニコニコしながら「たぐいまれな作品です」と奨めてくれます。
その人が著者舘野仁美さんだったことを知ったのはずっと後。朝ドラ「なつぞら」を見た時でした。制作協力表示に喫茶店の名前「ササユリ」とあります。アニメの聖地に運命のように導かれた気がしました。
Contents
エンピツ戦記
放送局で番組を作っていました。ニュースからドラマまで様々な番組を経験しましたが、どんなにがんばっても制作管理までしか携われない番組があります。
それはアニメーション番組です。ふつうのテレビは世の中にあるものを撮影して番組にするのですが、アニメーションはキャラクターや風景などすべての映像を人の手で描かないことには始まりません。
手掛けるのはプロダクションの皆さんです。どんな仕事をしているのか外からはうかがい知ることができません。
ジブリで27年間にわたり動画検査を担当してきた著者が仕事の日々を振り返った回顧録。読むと、モノづくりの現場に共通する空気を感じることができます。
- ジブリ広報誌「熱風」の連載「エンピツ戦記」2014.11〜2015.6を書籍化
- 人の手が作り上げるアニメーションの魅力と厄介さがよくわかる
- アニメを目指す若手にぜひ読んでもらいたい体験談
「たくさんの動画マンの仕事を見てきて、若い頃にしっかり基本を押さえておくことの重要さを痛感していました。建築と同じで、何と言っても基礎が大事です。きちんと土台を作って、しっかりした骨組みがなかったら、その上にどんなに豪華なお城を建てようとしても、すぐに崩れてしまいます。」
制作現場の人たちが共通してもつ習性に芸術家気質があります。手の内をあまり人に語りたがらないのです。著者はアニメーターが描いたものをチェックする立場から様々な工程に携わってきました。
本書の魅力は個々の作品論ではなく、仕事論であること。つまり、その現場で働く上で必要な知識や知恵、しのぎかたといったものが体験的に語られていることです。

- 監督からの指示と原画担当者からの矛盾した指示から起きるトラブルとその板挟み。調整とは泥をかぶること。
- 「消費者視点でものを作るな」「消費者に迎合するな」「映画を作る人は、理想を失わない現実主義者にならなければいけない」
- ヨーロッパを舞台にした作品を描くのであれば、歴史や伝統のもつ重圧を、言葉で説明するのではなく「空気」で表現しなければならない。
- 若い人たちが苦しんでいるのをみると思う。「アニメーションとは、嬉しい、悲しい、楽しい、苦しい、そういった気持ちを表現する者だから、うまく描こうとか、きれいに描こうとする前に、とにかく楽しんで描いてください」
舘野 仁美はどんな人
日本のアニメーション映画のアニメーター、飲食店経営者。 福島県南相馬市出身。元スタジオジブリ所属。株式会社ササユリ代表取締役社長。

この本を読むと、アニメーション制作というものが日々の糧を得るための仕事ではなく、精神の充足を得るための目標に近いことに気づかされます。
著者のアニメ制作愛は第一線を退いた今でも健在です。ツイッターを眺めるとアニメ制作者ならずとも励まされます。

ササユリカフェ@『サマーウォーズ』公開10周年記念展は6/4~6/29までさん (@sasayuricafe) / Twitter
書評まとめ
番組の収録でゲストにお招きしたアニメーターの大塚康夫さんと弁当を食べながらお話を伺ったことがあります。
「今の若いアニメーターは顔の表情は上手に描くんだけど、アニメは手や足の動きなんです。手間がかかるからといって中抜きすると伝わらないんです」と動画は一枚一枚の絵を動かすことだと語っていただいたことを思い出しました。
プロフェッショナルの情熱と技が日本の至宝・アニメーションを支えています。