書店ランキング でわかる「今の日本」――2025.8月の文芸書ベスト10

フルタニ

こんにちは、フルタニです。放送局で番組作りをしてました。 書店ランキング でわかる「今の日本」を書きます。

書店に行けば現代が見える 8月の文芸書ランキング

いやぁ、本屋ってやっぱり面白いですよね。僕、動画編集の仕事をしてても、気分転換にふらっと丸善とか紀伊國屋に行っちゃうんですけど、あの「棚に並んだ本を眺める時間」って本当に贅沢だなって思うんですよ。

で、先日(2025年8月の終わりごろ)、東京・丸の内の丸善本店で文芸書ランキングをチェックしたんです。そしたら、これがまぁ「今の日本」をそのまんま映し出してるような顔ぶれで、正直ちょっと震えました。

1『失われた貌』櫻田智也

例えば1位に輝いたのは、櫻田智也さんの『失われた貌』。

これ、あらすじを読んだ瞬間「重っ!」って声が出ました。山奥で顔を潰され、歯を抜かれ、手首まで切られた死体が見つかる。しかもそのすぐ後に、警察署に小学生男子がやってきて「もしかして僕のお父さんかもしれない」って言うんですよ。……いや、これだけで映画一本撮れるでしょ。

でも、そこからがさらにすごい。新たな殺人事件が起きて、ようやく最初の死体の身元が判明する。男の子の父親じゃなくて、実は前科のある探偵。依頼人の弱みを握って脅迫しまくってた男。もう、警察小説っていうジャンルを越えて「人間ってこんなにも哀しいのか」と思わされるんです。現代の孤独とか、社会からこぼれ落ちた人の姿がちらついて……なんかね、読みながら胸がザワザワしてくる。

山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。不審者の目撃情報があるにもかかわらず、警察の対応が不十分だという投書がなされた直後、上層部がピリピリしている最中の出来事だった。
事件報道後、生活安全課に一人の小学生男子が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に失踪し、失踪宣告を受けていた。
間を置かず新たな殺人事件の発生が判明し、それを切っ掛けに最初の死体の身元も判明。それは、男の子の父親ではなかった。顔を潰された死体は前科のある探偵で、依頼人の弱みを握っては脅迫を繰り返し、恨みを買っていた男だった。

2白魔の檻』 山口未桜(8/29)

霧とガスで閉ざされ牢獄と化した病院。非常事態下で発生する不可能犯罪に、研修医・春田芽衣と医師・城崎響介が挑む。デビュー作にして本屋大賞第4位に輝いた『禁忌の子』に連なるシリーズ第2弾。

3『イン・ザ・メガチャーチ』朝井 リョウ(9/3)

で、ランキングをさらに見ていくと3位に入ってるのが朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』。

これも今っぽさ全開なんですよ。「推し活」「ファンダム経済」「界隈」――もうX(旧Twitter)とかYouTubeコメント欄で日常的に目にする言葉が小説のど真ん中に来てる。

僕が読んで印象的だったのは、「物語って兵器になりうる」っていう視点。核爆弾より怖いのは、人の心を揺さぶるストーリーかもしれない、って考え方です。

SNSの拡散力とか、ファン同士の熱狂とか、確かにコントロール不能な力が働いてますよね。例えば舞台俳優を応援してた一人の女性が、ある報道をきっかけに一気に居場所を失うシーン。読んでて「これ、僕らの身近でも普通に起きてることだな」ってリアルに感じました。

沈みゆく列島で、“界隈”は沸騰する――。
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側――世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。

4『小説8番出口』川村元気(7/9)

全世界で社会現象になった無限ループゲーム「8番出口」が書き下ろし小説として登場!

この本もまた、日常が突然非日常になる恐怖が描かれた作品。あの有名ゲームの小説化です。「出口にたどり着けない」というシンプルなループが、川村元気さんの文章により想像以上に不安を煽る作品になりました。

同じ廊下を何度も歩く描写が少しずつ変わっていくのが怖すぎて、ページを戻して確認したくなります。

5『激しく煌めく短い命』綿矢 りさ

そして5位には、綿矢りささんの『激しく煌めく短い命』。

これはもうタイトルからして「熱量マックス」なんですけど、中身もすごい。中学の入学式で出会った久乃と綸。友情が愛情に変わっていくんだけど、周囲の偏見や自分たちの迷いでぶつかり合ってしまう。で、大人になって東京で再会してしまう……。

いや、これね、僕みたいなおじさんが読んでも心が揺さぶられるんですよ。「あぁ、あの時ちゃんと気持ちを伝えてたら」とか、「あの人に会わなかった未来もあったのかな」とか、妙に自分の人生とリンクしちゃう。恋愛小説って「若い人向け」って思われがちですけど、むしろ30代、40代と世代超えても刺さりつづけるんです。

二人の恋の炎は、すべてを焼きつくす。京都と東京を舞台に描く、集大成的恋愛小説「誰かを傷つけるのはこわいけど、傷つけなければ生まれない感情もある。」――綿矢りさ
京都に暮らす久乃(ひさの)は、中学校の入学式で出会った同級生の綸(りん)にひと目で惹かれ、二人は周囲の偏見にも負けず、手さぐりで愛をはぐくんでいく。「名前なんか、どうでもいーやん。私は久乃が好き。久乃は私が好き。それで十分やろ」しかしあることがきっかけで二人は決定的に引き裂かれる。
そして十数年後、東京の会社に勤める久乃は思いがけない形で綸に再会するのだった――。

6殺し屋の営業術』 野宮有(8/29)

で、ランキングを見渡すと、6位には『殺し屋の営業術』なんていう異色作もあるし、7位には『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』っていうホラー寄りのミステリーもある。これ、読んでる最中にスマホの画面に黒い影が映り込んだりしたら本気で投げ出したくなるやつです。

凄腕営業マン・鳥井(とりい)。珍しい夜間のアポイントを受けて向かった豪邸で刺殺体を発見、自身も背後から殴打され意識を失ってしまう。鳥井を襲ったのは「殺し屋」だった。 目撃者となってしまった鳥井は口封じとして刺殺体とともに埋められそうになる。そのとき鳥井は「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」と、いまにも土を被せて埋められそうな状況で、風見と耳津を相手に、鳥井は「営業」を開始する。

7スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』知念実希人(8/20)

スマホ本っていうサイズ感がまず面白いんですけど、内容がえげつない。

「就職に有利になる」と聞いて始めたバイトで、大学生のスマホにおかしな現象が次々起きる。画面に黒い服の女が映り込む。体中に目がある怪物が一瞬だけ写る。

そして、どんどん現実の事件にリンクしていく…スマホを手に持ったまま読むと、かなり危険です。

このスマホを絶対に見てはいけない――。
文庫より小さい「スマホ本」でまったく新しい恐怖体験‼大学生の一色和馬は「就職に有利になる」と聞いて「やばいバイト」に手を出す。
これで稼げれば彼女との同棲もうまくいく……
そんな気軽さで始めたバイトだったが、あれ、どういうことだ?
自分のスマホに、不可解な「何か」が起きている。黒い服の女は誰?
体中に目がある怪物?
都市伝説「ドウメキの街」ってなんだ!?
えっ、あれ、死体が!?

8『涙の箱』ハン・ガン

さらに8位には韓国の作家ハン・ガンさんの『涙の箱』。国や時代を超えて「人が涙を流す理由」に迫っていて、これまた重厚。9位には京極夏彦×小野不由美の『怪と幽』という怪異特集号まで並んでいる。

ノーベル文学賞作家ハン・ガンがえがく、大人のための童話
この世で最も美しく、すべての人のこころを濡らすという「純粋な涙」を探して
昔、それほど昔ではない昔、ある村にひとりの子どもが住んでいた。その子には、ほかの子どもとは違う、特別なところがあった。みんながまるで予測も理解もできないところで、子どもは涙を流すのだ。子どもの瞳は吸い込まれるように真っ黒で、いつも水に濡れた丸い石のようにしっとりと濡れていた。雨が降りだす前、やわらかい水気を含んだ風がおでこをなでたり、近所のおばあさんがしわくちゃの手で頬をなでるだけでも、ぽろぽろと澄んだ涙がこぼれ落ちた。

9『怪と幽 vol.020』京極 夏彦/小野 不由美/月村 了衛 他

【ムック本】お化け好きに贈るエンターテインメント・マガジン!昭和オカルト/八雲特集特集一 昭和100年だョ!オカルト大集合
昭和のあの時代、流行したのは、UFO、UMA、霊能力者、心霊写真、ノストラダムスの大予言…。特に1970年代は、怪しく不思議なものがごちゃまぜになって世の中を盛り上げた、まさに「オカルトの時代」。お茶の間でも学校でも、誰もを虜にしたあの昭和オカルトブームは、一体何だったのだろうか。オカルトがメインカルチャーとして盛り上がった不思議な昭和を振り返りながら、今も受け継がれるオカルトの根源的な情熱、魅力を徹底解剖。

10『近畿地方のある場所について』背筋

私、小澤雄也は本書の編集を手掛けた人間だ。
収録されているテキストは、様々な媒体から抜粋したものであり、
その全てが「近畿地方のある場所」に関連している。
なぜこのようなものを発表するに至ったのか。
その背景には、私の極私的な事情が絡んでいる。
それをどうかあなたに語らせてほしい。
私はある人物を探している。
その人物についての情報をお持ちの方はご連絡をいただけないだろうか。

考察

ね?こうして並べると、ランキングそのものが「現代日本の精神状態」をそのまんま映してるように見えませんか?

殺人や孤独を描いた作品、推し活やファンダムを描いた作品、恋愛やアイデンティティを描いた作品、そして怪異やホラー。つまり僕たちは「現実の痛み」と「物語の中の痛み」を両方欲してるんだと思うんです。

僕が思うに、本屋のランキングってニュースよりもリアルなんですよ。ニュースは「起きたこと」を伝えてくれるけど、ランキングは「みんなが今どんな気持ちでいるのか」を教えてくれる。

たとえば『失われた貌』が1位になってるのは、きっと「人間関係の暗部」や「社会に取り残された人の影」に共感する読者が増えてるってことだと思うし、『イン・ザ・メガチャーチ』が売れてるのは、推し活に疲れたり不安を抱えてる人が多いからなんでしょう。

僕らは「現実に疲れたから小説を読む」んじゃなくて、「小説を通して現実を理解したい」んだと思います。だから書店に行くと、単なる本棚じゃなくて「現代の鏡」が並んでるように見えてくるんです。

まとめ

最後に、これを読んでるあなたにおすすめの体験をひとつ。

ぜひ、休日に本屋へ行って、ランキング棚をぼーっと眺めてみてください。タイトルを声に出して読むだけでも面白い。「白魔の檻」とか「スワイプ厳禁」とか、声に出すとインパクトがすごいんですよ。で、そのタイトルの奥に「今の社会の気分」が隠れてると思うと、ちょっとワクワクしてきます。

本を買って帰るのもいいけど、立ち読みだけでも十分「現代を覗き見る」体験になりますよ。

丸善 丸の内本店 (2025/8/28~9/3)

1失われた貌櫻田 智也新潮社
2白魔の檻山口 未桜東京創元社
3イン・ザ・メガチャーチ朝井 リョウ日本経済新聞出版
4小説 8番出口川村 元気水鈴社
5激しく煌めく短い命綿矢 りさ文藝春秋
6殺し屋の営業術野宮 有講談社
7スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ知念 実希人双葉社
8涙の箱ハン・ガン評論社
9怪と幽 vol.020京極 夏彦/小野 不由美/月村 了衛 他KADOKAWA
10近畿地方のある場所について背筋KADOKAWA