
美術番組でなかなか取り上げようとしない分野の一つがインターネットの普及と共に広がったイラストです。
そのイラストの中でも「ネット絵」は謎に包まれています。描かれているのは美少女や近未来ゲームの世界観。表現するクリエイターの正体はあまり知られていません。
出版などコンテンツ産業を支えるネット絵。その歴史はたかだか30年程度に過ぎませんが、誰が何をどうやって作ったのかその記録は徐々に失われつつあります。その歴史を調査した記録を見つけました。
Contents
ネット絵史 インターネットはイラストの何を変えた?

イラストレーター・デザイナーの虎硬さんによる労作。インターネットの草創期からネット文化を支えた絵の数々とプラットフォームの変遷を網羅した調査報告です。

本を開くとわかるように、注釈が半端ないほど埋まっています。ネット絵が広がり始めた1980年代から現代まで克明な調査をもとに書かれた本であることがわかります。
日本で本格的にネット絵が普及し始めたのは、1980年代にNECがPC9801を発表した頃まで遡ります。
当時パソコンは単独でしか動作しませんでした。電話回線にモデムという通信装置を繋ぐことで一対一の通信が可能になったのです。
「パソコンを使って絵が描ける。描いた絵が公開できる」
新しい技術を前にして、数多くのクリエイターがパソコンで絵を描き始めました。

本書では、それ以降ネット上で作品を作り続けてきたクリエイターや、プラットフォームを克明に調べ上げ、歴史年表のような記録をまとめました。
ネット黎明期はPixivのような公開システムはありません。絵を描くのも見てもらうのも大変です。
クリエイターたちは、言語を学び、自力でホームページを作り、サーバーを借りてアップするなど、山のように勉強して絵を見てもらうことができたことがわかります。
少人数の間で維持されたシステムには乏しいリソースをやりくりするため、独自のルールが設けられたと言います。
貴重な証言が収録
本書では、当事を知るクリエイターや関係者との対談も豊富に掲載されているので、記録には残らないようなディテールの部分まで知ることができます。
絵について機械は人間を超えられないというのは、感動や流行を作っているのは人間だからという点ですね。様々なコンテクスを孕んでいます。人と人とのコミュニケーションでできているすごくアナログなセンスです。それは機械学習でできることではないと思います。 redjuiceレッドジュース イラストレーター1976年高知生
物理的な素材に描かれたアートと違い、デジタルデータはいくら精巧なものであっても簡単に消えてしまいます。当時話題をさらった名作・話題作と言われる作品のほとんどは行方不明になっていると言います。
ネット絵の愛好家には備忘録に、アートの研究者には資料集に、これからネット絵師を目指そうという人には描き方指南と職業案内に。目的によって価値は変わってくるかも知れませんが役に立つ参考書にかる本です。
虎硬(とらこ)さん
1986年生まれ。企業に勤務する傍ら、イラストレーター・デザイナーとしても活動している。担当した仕事に、バンド「神様、僕はきづいてしまった」メインヴィジュアル、株式会社アニメイト ロゴデザイン、VTuber「DeepWebUnderground」キャラクターデザインなど。近年は雑誌やブログなどでイラストに関するコラムなども執筆し、書籍として『ネット絵学』『ネット絵学2018』を刊行。
まとめ
ネット絵師のほとんどが正体を明かさない理由とは何でしょう。
著者は「私はこんなもので救われる」と書いているように、クリエイター自身が創作行為自体を心のどこかで卑下しているような気がしてなりません。
かつて秋葉の電気街を歩いていると感じたように、閉じた世界でなら評価される現実があるからかもしれません。しかし、それは江戸の浮世絵と同様に評価する側の価値観次第です。
美術館などで保存展示される美術品と同様に、時代を作り多くの観客に感銘を残した作品群にスポットライトを当てる必要性を深く感じました。
補足
二次創作の同人漫画で活躍した高河ゆんさん。全盛時には25歳にして二子玉川に戸建住宅を二棟購入。という特ダネ発掘 18ページ