
読んだことのない話題の作家や作品を知るには、20年以上も続く週刊文春「ミステリーレビュー」がおすすめです。2020年11月の選書、海外編をご紹介します。
海外編
11月26日号
「グレート・ギャツビー」を追え
フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪された。消えた長編小説5作の保険金総額は2500万ドル。その行方を追う捜査線上に浮かんだブルース・ケーブルはフロリダで独立系書店を営む名物店主。「ベイ・ブックス」を情熱的に切り盛りするこの男には、希覯本収集家というもう一つの顔があった。真相を探るべく送り込まれたのは新進小説家のマーサー・マン。女性作家との“交流”にも積極的なブルースに近づき、秘密の核心に迫ろうとするが…。
ミステリファンだけでなく本好きな読者にもたっぷり楽しんでいただけると、翻訳に当たった村上春樹が推す作品。後半は往年のハリウッドのロマンティックサスペンスに近い味わいを持つ作品。
ミラクル・クリーク
郊外の町ミラクル・クリークの治療施設で火災が発生し、二名が命を落とした。1年後、はじまった裁判は、施設の経営者一家、その患者、関係者たちの秘密を明らかにする……。エドガー賞最優秀新人賞&国際スリラー作家協会最優秀新人賞二冠、心揺さぶる傑作。
省の末尾で示される新たな発見がひねりを生み物語に加速度をつけていく。移民や障害を持つ子どもを抱えた親たちの苦悩が切実で響く作品。
11月12日号
ブラック・ハンター
ドイツの富豪の跡継ぎがアルザスの森で惨殺された。捜査にあたるのは、ピエール・ニエマンス警視。前回の事件で心身ともに傷を負った彼は、ひさびさに現場に復帰したばかり。元教え子できわめて個性的なイヴァーナ・ボグダノヴィッチ警部補を新たな相棒に、ドイツに飛び捜査を進める。貴族としてシュヴァルツヴァルトに君臨する富豪一族にまとわりつく血の匂いは何なのか?フランスの鬼才が不穏な気配ただようドイツの森を舞台に、巧みに描いたサスペンス。映画化された『クリムゾン・リバー』待望の続篇登場!
最後に明かされる真相は自建て錯誤的な狂気と快楽に満ちていてアナーキーな力を持つ。この悪の魅力はいかにもフランスのミステリーらしい。
主題は、ニエマンスとイヴァーナという二人のキャラクタリゼーションの<つながり>にあり、孤独を生きることを強いられた人間たちだけが共有でき、感じ取ることができる「情念」の発露が、グランジェが書く小説の魅力なのだと思います。原罪」を背負うファムファタール。
たとえ天が堕ちようとも
高級住宅街で女性が殺害された。刑事マックスは、被害者の夫である弁護士プルイットに疑いをかける。プルイットは、かつて弁護士としてともに働いたボーディに潔白を証明してくれと依頼した。ボーディは引き受けるが、それは親友のマックスとの敵対を意味していた。マックスとボーディは、互いの正義を為すべく陪審裁判に臨む。『償いの雪が降る』の著者が放つ激動の法廷ミステリ!
裁判の進行には意外性があり、新たな証拠の発見で劇的な展開をむかえることになる。「天堕ちるとも、正義を為せ」という主題も効果的。
これ、3作目なのよね。つい面白くて結局全部読んでしもた。暗めのストーリーの中で唯一ほっこりエピソード 「償いの…」のライラが登場して、ジョーとその弟のジェフリーと新しく加わった犬と仲良く暮らしている ことをマックスに語ってるところ。
まったく別個のふたつの事件、主人公ふたりの関心もばらばらなものにして、それらをひとつのストーリーに押し込めているな、と半分思いながら読み進めていき…、終盤は驚きの展開、大どんでん返し。ここも見事だと思った。
「家族にとって、精神的支えと支配の境界線が曖昧になることはめずらしくない」という<精神性>と「警察は、合理的疑いの余地を残さず犯行を証明しなければならない」という作者のミステリに対する姿勢が渾然一体となったリーガル・スリラーの秀作と呼べる内容に仕上がっていると感じました。