プロが使う海外取材の虎の巻・危険地帯の安全情報「渡航情報」とは

海外ロケを企画する番組制作者が必ず見るのが外務省のサイト「渡航情報」です。世界中の国々の安全情報が格付けされているからです。

https://www.anzen.mofa.go.jp/

安田純平氏の解放と取材の安全管理

風流な暮らしを夢見るbatanqです。ジャーナリストの安田さんが解放されました。無事帰還した安田さん。解放を巡って色々な意見を見聞きすると決して他人事とは思えない気がします。

「取材の可否を国家の裁量に委ねれば、情報統制につながる」という安田さんのメッセージについては異論を挟むつもりはありません。

思ったのは危険地域の取材に際しては、細心の注意を行うのが基本ということです。紛争地域のリポートも、バラエティ番組の海外取材も根っこは同じ。

取材先は日本ではないということです。

テレビでは編集過程で削ぎ落とされているため、視聴者は現地の危険性を実感し辛いところがありますが、日本ではない場所には危険が溢れているのです。

公共交通機関が正確に運行されたり、夜の街を一人で歩けたり、喉が乾けば自動販売機で清涼飲料水が買えたりするのは日本だけ。

そんな意識を持った方が正解です。

安田氏はプロのジャーナリストなのですから、知っていて当然。取材者は生きて戻ってきて[note]安全第一の考え方については警察関係者も同じようなことを言っていました。犯人逮捕などの際にまず考えるのは自分の安全であり逮捕は二の次。一見卑怯にも見えますが、凶器を持った相手は集団で取り囲み疲弊させて無力化を図るのです。目的達成の優先順位を間違えるとあとあと厄介なのです。[/note]、現地の出来事を伝えなくては意味がありません。

かつて南米に取材に行った際、コーディネーターから真顔で注意されたのが身なりと持ち物でした。身なりは目立たないよう、取材機器は車の移動中も毛布で包んで隠せと言われました。

自分ではかなりヨレヨレの服装のつもりでしたが、それでも危ない。ダメだと言われました。その訳はあとで聞いたのですが、数年前同じ街に取材に来た日本の取材チームが白昼の路上で襲われたからです。数百万する撮影機材を強奪されたと言います。

日本の生活感覚と同じつもりで現地を歩くと思わぬ危険が待ち構えています。

アメリカではノックせずに他人の家のドアを開けたら撃ち殺される出来事だって起きました。アメリカでは「家族に乾杯」や「ドッキリ」なんて企画は命と引き換えを覚悟しなくてはなりません。つまり事故に巻き込まれてからでは遅すぎるのです。

では安心を担保するためにどのような手順を辿るのでしょうか。

外務省の渡航情報

まず番組の企画に際して問われるのが現地の安全です。

外務省のサイトをみると渡航情報というサービスがあります。

紛争、疫病などのリスクを評価して渡航者に知らせるものです。

「自分自身で安全を確保していただくための参考情報」とやんわり表現されていますが、有り体に言えば「危ない国には行ってはダメ」という警告です。

中を見るとわかるように、安全か否かが4段階のレベルで区分されています。

欧米や日本のように安全な国は数える程。大体の国は何らかの問題を抱えています。

現時点でもっとも危険な国はシリアです。シリアのページを見るとシンプルにレベル4「退去勧告」とあります。つまりこの国は事実上渡航禁止。報道機関の取材申請も原則認められないほどのヤバイ状態と言えます。

それでも渡航するためには、それなりの事情が必要です。例えば医療活動など、人道的な支援のためなどに限定されます。

危険地帯に行くわけですから従事する人たちは心構えや準備、後方支援の体制など可能な限りの安全対策を取ることが求められます。

白川優子さんが書かれた「紛争地の看護師」からは、危険地帯のリアルな実態を知ることができます。著者の場合は国境なき医師団の看護師という立場で危険地帯の人道支援に従事したわけですが、組織の持つロジスティック(兵站支援)が伴って初めて危険地帯の仕事ができることがわかります。

丸山ゴンザレスさんの「世界の混沌を歩く ダークツーリスト」は単身で世界のヤバイ場所を探検するルポです。いきあたりばったりの破天荒な取材ぶりが描かれていますが、よく読むと入念に現地事情を調べ、現地の信頼関係を作りながら潜行していることが読み取れます。

you go home alive 生きて帰ること

危険地帯とは一体どういう環境なのか。

国境なき医師団で看護師を務めた人の記録を読むとその苦労を知ることができます。

危険地域にいって事実を明らかにすることは、ジャーナリズムを志す者として忘れてはならない大切なことです。

しかし、それは自分の身の安全を確保した上での話であり、チキンレースではありません。秘境探検に挑むにはそれなりの準備が欠かせません。軽装で山登りをする人をプロの山登りがどう評価するかということなのです。

安田氏自身が講じた安全対策は十分だったのか、それとも無謀だったのかの検証が必要。要するに、安田氏を盲目的に擁護し賛美しているジャーナリストたちは、もう少し冷静になって、危険地域に行く際の心構え、準備についてガイドラインくらい作れって話。これくらい、すぐにできるだろ!— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2018年10月28日

ところが安全な場所で取材する姿勢を批判する声も少なくありません。

「日本のジャーナリストは、危険地帯に隣接する安全地帯までしか行かないから、現場感覚がないので安田氏の講じた安全対策の検証はできません」

十重二十重に巡らせた安全な環境の中では何も取材できない。決定的な瞬間を取れなければ意味がない。真相に迫るには危険は無視しろ、組織に守られた取材者にジャーナリズムとを語る資格はないという乱暴な主張です。

安全地帯とは、万全な安全確保を行うことと同義です。ジャーナリストたちは決して高みの見物を楽しんでいる訳ではありません。

私からみると「安全地帯」は取材者が作るものです。敵を知り敵の刃が届かないギリギリのところで現場を見て何が悪いのでしょう。

映画「アンタッチャブル」で元刑事役のショーン・コネリーがこう言っていました。

マローン「君は、法執行の最初のルールを達成したところだよ。勤務を終えて、生きて帰ること。レッスンは以上だ」

Malone: You just fulfilled the first rule of law enforcement: make sure when your shift is over you go home alive. Here endeth the lesson.

安全地帯から離れ、危険に身を晒しながら一瞬の機会を狙うのはラッキーパンチのようなものです。世の中を変えていくのは地味な取材の積み重ねだということです。

まとめ

何度でも繰り返しますが、危険地帯の取材は安全対策につきます。取材者が遭難してしまったら意味はありません。

現地の真実を伝えたいと願うなら、自分は必死に生きて情報をかき集めることです。現地の過酷な実態を、渦中ではなく一番近い位置に止まって伝えるべきなのです。

危険地帯の取材を身を呈して行った点ばかりを評価するのはヒロイズム以外の何者でもないような気がします。